山野穴太のいまどきナースこぼれ話

2010/02/23
第26回 山野穴太のいまどきナースこぼれ話:ヒヤリ・ハット報告について
 最近、わが家の外猫に政権交代が起こった。どうも、新参の黒猫(不景気なので、まだ捕まえて去勢していない)が、ボスになったようだ。そのため、玄関先で段ボール生活をしていた、切られの与三とこうもり安(与三に養われていた雉子猫/同ブログ第22回参照)が追い出された。しばらく行方不明で心配していたが(ひよこどもは野良猫が減ったと喜んでいた)、顔の傷が増えた与三が犬小屋の横で寝るようになった。犬の居候猫である。黒猫は犬がいるので手が出せない。とは言っても、こうもり安も犬が怖いので、餌だけ食べるといなくなる。外猫も大変である。それにしても、幸せな(わが輩の推定!)家猫の一匹は、昔、冬場の自動販売機の下でかろうじて暖をとっていたことなどはすっかり忘れて、電気毛布の上でぐうたら寝ている。

 さて、本題に入る。ヒヤリ・ハットとはハインリッヒの法則(労働災害における経験則の一つ)で、1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、その背景には300件の「ヒヤリとした、あるいはハットとした(危うく大惨事になるところだったが事なきを得た)災害異常が存在するというものである。

 現場に出てから何度このヒヤリ・ハット報告書を書かされたことか……と、嘆くと同時に自己嫌悪になる看護のひよこ達は多い。現場では、これが本来の大事故防止の意味から逸脱して、ひよこいじめの道具になっていないだろうかというメールが散見される。これはいわゆる始末書ではないはずだが、これが何枚かたまると、ダメ子のレッテルを貼られてその病棟にいづらくなるらしい。また、起きてしまった事故(事故もどき)の解釈もまちまちである。だから、同様のことが起こっても、ヒヤリ・ハット報告書を書かせて反省会を開くところもあれば(これがひよこにはたいそうめげる)、申し送りのなかで一般的な注意事項として済ませるところもある。

 最近の例は、歯がぐらぐらしていて今にも抜けそうだった患者の、口腔ケア(歯磨き)をしたひよこの話である。患者はワーファリンを服用していて、歯科でも抜歯を検討していた(まあ、あまり積極的に触りたくない)状況であった。たまたまそのひよこが受け持ちになり、歯磨きをしたら、抜けて出血した。輸血や輸液の必要はなかったが、一応、医師を呼んでガーゼ圧迫をしたらしい。これを主任さんが、ヒヤリ・ハットであるから報告書を書け、それが済んだらみんなで反省会だ、と息巻いた。居合わせた医師や半数のナースは「不可抗力であるから、わざわざヒヤリ・ハットとして報告する必要はない。そんなことをしたらだれも患者さんの口腔ケアなどしなくなる」と言ったらしい。難しいところではあるが、当のひよこはそれなりに反省し、落ち込んでいたが、「何もその日のうちにつるし上げ的な反省会を開く必要はないだろう。いじめだ!」と泣き泣き電話をしてきた。

 ヒヤリ・ハット報告は、全体にとって転ばぬ先の杖のようなものである。個人のつるし上げの道具ととられるようでは改善の余地がある。これもひよこの離職につながる一要因である。「わが輩など、普通の会社勤めなら、始末書を毎週書かされていただろうよ、気にするな。」と、訳の分からぬ激励をしておいたが、これがひよこの慰めや励みとなったかどうかは謎である。